星の門のかなた
グランドセントラル
銀河いている感覚は無かった。だが彼は衛星の奥深く輝く、信じられない星の海に向かって落下していた。ヤスペタのモノリスは空洞だったのかもしれない、屋上と見えたのは錯覚かもしれないし、あるいは何かの膜で、彼を通すために開いたのかもしれない(だが、どこへ連れて行くために?)五感を信じるとすれば、巨大な長方形のシャフトのなかを数千フィートの底へ向かって垂直に落下していった。はじめはゆっくりだったので、星が四角い枠の外に消えてゆくのに、なかなか気が付かなかった。だがしばらくすると、星の膨張がはっきりわかるようになった。まるでこっちに向かって想像を絶する速さで近づいてくるようだった。しかも星がなくなる様子はいっこうに無く、中心から無尽蔵に流れ出てくる。もしかしたら、じっさい彼は動いていず、空間が動いているのかもしれない・・・空間だけではないことに、彼は突然気がついた。ポッドの小さな計器パネルの上にある時計も、奇妙な動きかたをしていた。普通なら十分の一秒台の数字は目まぐるしく動いて目にも止まらないはずなのに、それが今でははっきり区別がつく間をおいて、動いていて読むことが出来るのだ。秒の桁は、時が停止するかと思えるようにゆっくりと動いていた。壁が動く速さは、0から高速の百万倍までどのあたりでのいいような気がした。なぜだか彼は少しも驚いていなかった、心配もしていなかった。前方の長方形が明るくなった、ポッドはトンネルから出かかっていた、突然正常な遠近の法則に従いはじめた。ヤスペタの中心まで下がり、反対側から出てきたのではないかと、つかのま思ったほどだ。しかしここがヤスペタとも、人間が知っている世界のどことも違っていることに気が付いていた。大気はない、信じられぬほど遠い、平坦な地平線の果てまで、あらゆるディーテルが、すみもせずみわたせることから、解った。ボーマンは、以前誰かから聞いた、南極の「ホワイトアウト」話を思い出した。同じ言葉はこの奇妙な世界でも通用する、ただ理由はまったく違う、気象学の理論で説明つくものではない。外部は完全な真空なのだから。やがてボーマンはべつのディーテルが目に入った、空一面に小さな無数の黒い点が動きもせず、無秩序に並んでいるのだ。白い空に見えるあの黒い点は、星なのだ。彼は銀河系のネガフィルムを見ているのかもしれなかった。宇宙全体が裏返しにされたという感じだった。彼は急に寒気を感じた、そして全身が、どうしょうないほど震えはじめた。そのとき、彼はふと気がついた、平原をおよそ二十マイル行ったあたりに、円筒形と見分けがつく金属の塊があるそれは巨大な宇宙船の残骸としか考えられなかった。この荒寥としたチエッカー盤にあの宇宙船が打ち捨てられたのは、何年昔のことだろう。そしてあれに乗って星の海を航海していたのは、どんな生物なのだろうか?・・・彼はすぐ残骸のことを忘れてしまった。何かが宇宙船上をこっちに、近づいてくるのに気が付いたからだ。はじめそれは円盤のように見えた、通り過ぎるころ、その長さは数百フィートの釣鐘形であることがわかった。その宇宙船は、地表にある何万もの巨大なスロットの、一つに向かって降下していくところだった。数秒後金色の船体を一瞬輝かせて惑星の深奥に消えた。その時、自分もまた、巨大世界のまだらの地表に向かって、ゆっくりと降下しているのに気が付いた。さっきのとは別の長方形の深淵がすぐ下にぽっかりと口を開けていた。それが太陽系の入り口でないことは、今では確信があった。その瞬間信じられない洞察が閃き、彼はシャフトの正体をつかんでいた。これは創造を絶する、時間と空間の次元を通じて、星間の交通をさばく宇宙転送装置に違いない。今彼通っているのは、銀河系のグランド・セントラル・ターミナルなのだ。

見知らぬ空
ちっぽけなスペースポッドは百千の星の輝く宇宙空間に踊り出ていた、みなれた宇宙空間に戻っていたのだ。今しがたとびだしたトンネルの方向に目をやった彼は、あらたなショックに襲われた。そこには無数の多面体で分割された世界にも、ヤスペタの複製もなかった。何もない---強いて言えば、星ぼしを背景にして見える、墨を流したような虚空だけ。見守るうちに、ドアは閉じた。宇宙の裂け目が修繕していくよ宇宙?うに、その部分にゆっくり星が満ちていった。そして彼は、見知らぬ空の下でたった1人とりのこされていた。スペースポットはゆっくり回転していた。それにつれ、新たな驚きが視野に入ってきた。前方で、星のひとつがみるみる明るさを増しし、背景から浮き上がりはじめていた。おれは思いがけぬ速さで迫ってきた。それが星ではないのに彼は気が付いた。さしわたし何百マイルにも及ぶ、鈍く光る金属の網という格好なのだ。大陸ぐらいあるその面積のあるその表面に点々と年ほどの大きさの建造物が見える、どうやら機械らしい。それらの周囲には、何百ものもっと小さな物体がきちんと縦横上下に並べられていた。そんな集積をいくつか通り過ぎていたのち、ボーマンはそれが宇宙船の隊列であることに気がついた。彼は、広大な軌道上パーキング、センターのそばと飛んでいるのだった。サイズはハッキリしない、だがむやみと大きいのはたしかだ。デザインも、球、多面体、ペンシル型とさまざまだった。ここは、星間交易の中心の地なのだ。いや、であったと言うべきかもしれない---活動はどこにも見られなかった。この広大な宇宙は、月と同様に死んだ世界だった。何万年かの差で、ここを建設したもの達とすれ違ってしまったのだ。はっきりと予想していたわけではなかったが、他星の知的生物とは思っていた、しかし遅すぎたようだった。はるか昔、何らかの目的で作られた装置、その製作者たちが滅び去った後、働き続けている自動装置に捕らえられてしまったのだ。そのうち廃墟された宇宙港が、後ろに流されているのに気が付いた。数分後宇宙港は後方に小さく見えるだけとなった。はるか前方には、なおあの巨大な太陽な真紅の太陽があり、スペースポッドは見違えようもなく、それに向かって降下をはじめていた。


地 獄
今では赤い太陽が空を隅々まで覆いつくしていた。上昇するガス下降するガスが渦を巻き、プロミネンス(紅火)天空に向かってゆっくりとふきあがっている動きが目に見えるのだ、時速百マイルくらいで、立ち上っているのに違いない。自分が進んでいく地獄のスケールをつかんでみたいとは思わなかった。ディスカバリー号が土星面と木星面を通過したとき、その世界の巨大さをいうあと言うほど思い知らされた。だがここでみる者は、その百倍も大きいのだ。眼下の火の海が大きくなれば、恐怖をおぼえるはずだった、だが妙なことに穏やかな不安しか感じなかった。自分がほとんどの全能の知性の保護のもとにあるのに、ちがいないことを論理で類推したからだ。これほど太陽に近づいたいま、なにかに保護されていないかぎり、瞬時に燃え尽きていりはずなのだ。スペースポッドは太陽面にほとんど平行なゆるやかな弧を描いて飛んでいたが、やがてゆっくり降下し始めた。その時はじめてボーマンは、音に気がついた。かすかな絶えまない咆哮、それがときおり紙を引き裂くような、あるいは、遠い雷鳴のような、バリバリという音で破られる。星のエネルギーは、まるでそれが別の宇宙に存在しているのかのように、彼を無視して暴れ狂っている。ポッドはその真っ直中を静かに進んでいるのだった。



歓 待
デイビットボーマンは自分のために用意されているものを待ちうけた。眼下の地獄に偽りの夕闇が下りた、照明が変わった瞬間、周囲になにかが起こっているのに気がついた。流れる水をすかしてみているように赤色巨星の世界が揺らめいた。きわめて激しい衝撃はは通過したのかもしれない。スペースポッドは静まり返えった夜の中にうかんだ。一瞬の後、ほとんど感じられないほどの衝撃があり、ポッドは何かかたい表面に着陸し、停止した。「着陸?・・いったい何の上に・・?」ボーマンは信じられぬ気持ちで自問じとうした。やがて、光が戻った、不信感は、たちまち失意と絶望にとってかわった。なぜなら、周囲にあるものを見て自分の気が狂ったことがわかったからだ。地球の大都市なら何処にあってもおかしくない上級ホテル・ルームに着陸していた。目の前にはリビングルームがあり、コーヒー・テーブル・寝椅子など、さまざまなものがある。たとえ発狂しているにしても、幻想はみごとに構成されていた。すべてが現実そのものだった。この部屋はアメリカ合衆国の何処にでもあるホテルの部屋に似ている。だがそうだとしても、現実のここが、太陽系から何百光年も離れた場所であることにはかわりないのだ。彼はヘルメットの内部を機密した、そしてポッドのハッチハッチを作動させた。彼は部屋の床を踏んだ、完全なノーマルな重力だ。彼はホテルのルームへむかった、近づくにつれきえてしまうのではないかと思っていたが、それは現実のまま実態をもっていた。彼は電話番号帳をとりあげた、それには見慣れた活字のワシントンDCと印刷されていた。注意深く眺めてみると読める文字は、ワシントンCDという文字だけだった、ほかはぼやけて読めない、他のページは空白だで、紙によく似てはいるがあきらかに紙ではなかった。電話機を持ち上げダイアル音を聞いてみた、予想したとおおり何にも聞こえてこなかった。本や雑誌も同じで、三年前より新しいものは無く、知的な内容のものは皆無だった。好奇心ばかりではなく、空腹感にかられて、ボーマンはさがしはじめた。冷蔵庫を開けた、冷たい霧がふわりと吹きつけてきた。棚は缶詰でいっぱいだった、近くで見ると文字のラベルはぼやけていて読めない、バター肉の未加工品がまったくない。オートミールを開けてみた中には、湿り気をおびた青い物質が入っていた、奇妙な色をのぞけば、食欲をそそった。彼はベットルームに戻ると、ヘルメットと宇宙服をとると、急いでキッチンに戻り、例のオートミールを切れ割って慎重に臭いを嗅ぎ、二切れか三切れかみとると、よく噛みしめてのみこんだ。素晴らしい味だが、風味はどういっていいのかわからない。予期しない副作用でもでないかぎり、死の心配はこれでなくなった。すっかり満足したところで、飲み物をさがした、ビール見つけた、金具を押し開けた、ポンと開いた、ボーマン驚きと失望を感じた、これにもまた青い食品がつまっていたのだ。ほかの箱や缶を開けてみたが、ラベルが違っても内容は同じだ、食事はすこしばかり単調なものになりそうだ。元気を回復したところで手早くシャワーを浴びた、肌着、ガウンを身につけ、ベッドに身を投げ出し天井を見上げると、天井TVスクリーンがあった。電話や本と同じように、それも見かけではないかと、はじめは思っていた。めくらめっぽうにチャンネル・セレクターを回すと、アフリカのニュース、西部劇、フットボールの試合、東洋のパネルゲーム番組、ロシア語の番組、受信機調整用のマークなどを見た、それは世界のTV番組を片っ端から集めたもので、どの番組もTMA1が見つかった時期の、二年前の番組だった。今のところ知りたいことはすべて知ったので、TVを消した。これから何をしよう、彼は肉体的にも精神的にも疲れきっていた。こんな途方もない状況の中ででは、とても眠れそうもなかった。しかし気持ちのよいベッドと肉体にそなわった本能的な知恵が共謀し、彼の意志に逆らってはたらいた。明かりを消す、数秒もしない間に、彼は夢さえも届かない深い淵に沈んでいった。それがデビットボーマンの最後の眠りだった。
再 現
デイビット・ボーマンは、眠りの中で落ち着かなげに身じろぎした。何かが彼のなかに入りこんできた、彼はぼんやりとそれを感じただけだった。彼は宙に浮かんでいるようだった。小さな光の結節が、あるものはのろのろと、あるものは目もくらむ速さで動いていた。その光景あるいはまぼろしは、ひととき続いただけだった。やがて幾層も重なった透明な平面や椅子が行きかう結節は消え、ボーマンは人間がいまだかつて経験したことのない意識の領域に踏み込んだ、はじめは、時間が逆行しているように思えた。やがて彼はその奥に隠されている真相に気がついた。記憶の源泉が開け放たれていくのだ。彼は再び過去を生きはじめていた。赤い太陽の灼熱する表面、そして正常な宇宙に再突入したときに診た黒い出口、視覚ばかりではない、そのときの感覚、感情のすべてが速度を増しながらつぎつぎと通り過ぎていく。テープレコーダーのように、彼の人生が巻きほぐれていくのだ。かつて自分が愛した人々、もうすっかり思い出せなくなっていた人びとが、再びほほえみかけた。やがて逆行の速度がおとろえはじめた。停滞のちきが近づいていた、揺れる振り子が、次の位置に移る直前運動方向をかえた、地球から二万光年隔だった、二重星の真っ直中の、空っぽの部屋に赤ん坊が目を開き、うぶ声をあげた。

変 貌
中空に、かすかに光る長方形がうっすらと現れた。それは透明な石板となって固まると、透明さを失い、淡いミルク色の令光で満たされた。それらは光と影との縞となって凝集し、つぎに交叉する輻のような模様をつくるとゆっくりと回転しはじめた。リズミカルな振動音と調子を合わせていた。子どもなら、ヒト猿なら、必ず注意をひきつけられ、われを忘れてしまう見世物だった。しかし三百万年も前もそうであったように、それは人間の知覚では感じることのできない高度な表現のあらわれにすぎなかった。じっさいのデーター処理が意識のはるかな奥底でおこなわれているあいだ、たんに注意をわきに逸らせておくだけのものだった。今度の場合、長い年月のあいだに、デザイナーは多くを学んでいた。またかれた手を加えようとしている生地も、昔とは比べ物にならぬほどに優れた繊維で作られていた。しかし、はてしなく模様を広げる彼のつづれ織りの一部に、それを加えてよいものかどうかは、未来だけが決めてくれることだった。すでに人間を越えた集中力をその眼差しにみせて、赤ん坊はモノリスの深みをのぞきこみ、横たわる謎を、理解するまでにはいたらないが、眺めた。赤ん坊は自分が生まれた故郷に帰ったことを知った。このモノリスから、人間を含む多くのの種族が誕生したのだ。しかし、同時に、いつまででもここにいられないことを知った。この瞬間が過ぎれば、もう一つの誕生がある。その瞬間がやってきた。置き忘れられたスペースポッドの金属とプラスチックが、またかつてデイビッド・ボーマンとみずから名乗っていた生物の衣装が、炎と化した。それらを構成していた個々の原子へと戻った。あたらしい環境に順応することに余念のなかった赤ん坊はそんなことには気がつかなかった。自分の力を集中させるために、この物質の力が必要だった。これほどの力を持ったいまでも自分は赤ん坊にしかすぎないことを彼は知っていた。あたらしい形態をとる決心がつくまでは、あるいは物質に頼る必要がなくなるまでは、この姿でいるつもりだった。そして出発の時が来た。旅の方向はハッキリしていた。行きがけに通ってきた道をたどる必要はなかった。三百万年を経た本能の助けをかりて、彼は空間の裏側にあるいくつもの道を感じとった星の門(スターゲート)の旧式なメカニズムは彼には必要なかった。以前には透明の石板としか見えなかった長方体は、まだほのかに光ながら目の前に浮かんでいた。それはまだ測り知れぬ時空の秘密を秘めていたが、そのうちのいくらかは、彼にも理解できるようになっていた。各辺の比率をあらわす一対、四対、九の数列が三次元であるばかりと思っていた愚かさ!彼はその単純な図形に神経を集中した。思考がそこに触れた瞬間、図形の内部に宇宙の闇が広がった。ブロックの内部に刻み込まれた、信じられぬほど精巧な模型。そんな風にも見える。だがそれは、資格よりはるかに高度な感覚がつかんだ本物の銀河系の姿なのだ。望みさえすれば、一千億年の星のどれにでも注意を集中できる。いや、それ以上のことが可能だった。そして彼がめざしているのは、そこ、新淵を隔てたむこう側、そこでは、まだ「時」ははじまっていない。いま燃えている星ぼしが死んだ遥か後に、光と生命が新しい銀河を形つくっていくのだ。彼はその空虚をわたってきた。今度は自らの意志で再びわたらなければならない・その考えは、突然凍りつくような恐怖に彼をおとしいれた。それは深淵にたいする恐怖ではなかった、未来に対する底深い不安だった。人間的な時間尺度を、彼は捨て去っている。渦状肢の星のない闇を思い浮かべるうちに彼の前にぽっかり口をあけている「永遠」にはじめて気がついたのだ。だがひとりぽっちではない、どうしても必要なときは、手が差し伸べられるだろう。ふたたび自信を得ると、彼は勇気をとり戻したスカイダイバーさながら、何光年の彼方に一気に跳躍した。星ぼしが無限の速さで後方に流れ去っていった。数知れぬまぼろしの太陽が爆発しては後ろで小さくなっていく。やがて彼は、自分の望んでいた場所、人間にとって実感のある宇宙に戻った。


星の子(スターチャイルド)
目の前には、星の子なら手を出さずにいられない、きらめく玩具、地球が、人をいっぱい乗せて浮かんでいた。手遅れにならないうちに戻ったのだ。下の混み合った世界では、今ごろレーダースクリーン上に物体像が閃き大追跡望遠鏡が空をさがしているにちがいない、そして人々が考えている歴史も終わりをつげるのだ。一千マイル下方の動きに、彼は気がついた。まどろんでいた死の積荷が目をさまし、軌道上でもそろそろ身じろぎしている。そんな弱よわしいエネルギーなど少しもこわくはないが、彼はきれいな空のほうが好きだった。意志を送り出すと、空を行くメガトン爆弾に音がなく、閃光の花が咲いていた。眠っている地球の半球に、短い、いつわりの朝が訪れた。それから彼は考えを整理し、まだ試していない自分の力について黙想しながら待った。世界はむろん意のままだが、次になにをすればよいのか、わからないのだった。だが、そのうち思いつくだろう。


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 THE END/2001/08/6